メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第83章

帯広へのPC授業

【修学旅行】、広辞苑によれば『児童、生徒らに日常経験しない土地の自然、文化などを見聞学習させるために教職員が引率して行う旅行』とある。私の時代は訪問先の名所、旧跡などを巡る旅だったが、1990年代後半くらいから少し内容が変わってきたようだ。秋田の市立中学校の先生から電話をいただいたのは1996年9月の頃だった。来月、東京に宿泊した折り、生徒にメキシコ料理の食文化をレクチャーしていただきたいとの依頼である。クラス50人が6チームを組み、それぞれが国を一つ選び、その国の食をリサーチする試みだと説明を受けた。確かに東京には世界を網羅する数多くの料理店が存在しているが、メキシコを選んでくれたのには驚いた。後日訪ねてきた8人の子供たちは、自らの小遣いで一品ずつオーダーし、用意してきた質問を問いかけ、私の講義を克明にノートに記録していった。数千年におよぶ独創的な食の軌跡に付随する和食との共通点、各々の食材が世界に寄与した貢献の歴史、集落で紡がれた家族の絆など、テーマは尽きることはなく、あっという間に約束の2時間が過ぎていた。話が興味深かったのか、彼らの眼差しは喜びと充実感に溢れ、本当に嬉しそうだった。一週間後、個々の生徒からの丁寧なお礼状が届くと、担任の先生からも連絡を受けた。「レポート発表の際、あの子たちは意気揚々と自慢げに報告していました。ありがとうございました。」と彼女自身が一番感動していた。

その出来事がどう伝わったのか、それから数年間、秋田だけでなく岩手や青森などの東北各県の中学校から毎年同じ依頼を受ける事態となる。教育現場に携わる経験は、自分にとっても有意義な時間だった。そう言えば、以前、2002年春に北海道帯広で農業・畜産・酪農の生産者たちを招いてのメキシコ料理披露の体験を書いたが、帯広市立柏小学校からのユニークな申し出もあった。ラ・カシータの厨房と教室の児童たちがチャットで会話しながら、メキシカンライスの仕込みをPC授業で見せるというものである。日本の主食である米が、メキシコではどのように食されているかが題目で、非常に面白い企画であった。生米を油で揚げたり、トマト、レモン汁、小海老や鶏肉を加えていく様や、弱火のオーブンで蒸らすように仕上げる調理工程は、子供たちの想像を超えたようで、興味津々の質問が矢継ぎ早である。慌ただしい時間はすぐに過ぎ、無事に役目は完了した。中南米の事情を教科書に採用しない文部科学省の方針が変わらない限りは、なかなかメキシコや他の国々に精通する機会は少ないが、私の立場としては料理を通じて何かしらの関心を持って貰えるなら本望である。翌年、もう一度帯広で料理講習を頼まれ、空港から市内へ向かう途中だった。主催者が柏に寄って行きましょうよと、車を小学校へ乗り入れた。校長、教頭先生から是非にと請われ、授業終了間際の教室へ参入した。突然の事態に児童たちは大騒ぎである。歓声を静めて少し話を聞いてもらい、将来に期待する言葉で締め括ったときだった。「サインください!」の合唱、何と40人全員が一列に並んでいた。通常はノートの筈が、中には筆箱や消しゴムの子がいたりして笑ってしまった。彼らの素直な笑顔は心地よく記憶に残っている。