メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第20章

都会にはない大自然の中の食材

常連客の一人、文化科学高等研究院の山本哲士信州大学教授から「帯広へ行ってみないか?」と声をかけられたのは、2002年が明けたばかりの頃。彼が手がけている『十勝場所と環境ラボラトリー』の講座で、メキシコ料理を披露して欲しいとの依頼であった。条件はただ一つ、すべて十勝の食材を使用して献立を組むことだと聞いた瞬間、料理人魂に火が着いた。こんな願っても無い話を断る理由は無い。快諾した私は後日食材のリストを貰い受け、メニュー作りに準備を重ね、3月初旬、まだ雪が残る十勝帯広空港に降り立った。市内へ向かう車の中では、東京とはあまりにも違うこの大自然の環境に恵まれた食材への期待感に、胸がワクワクしていたのを覚えている。案内された宴会場でサポートのシェフとスタッフの紹介を受けた私は、早速、彼らと仕込みに取りかかった。厨房にはズワイ蟹(カニ)、十勝牛、仔牛、帯広豚、地元のチーズ、そして、もぎたてのトマトやじゃが芋、玉ねぎ等の野菜類。そこには遥(はる)かに自分の想像を超えた大地の息吹を感じる食材達が揃っていた。感動の出会いと素材を愛(いとお)しむ気持ちを語りながら作業が進む内、初対面で心なしか緊張していた彼らも調理を通じて心が打ち解け、未知なる領域のメキシコ料理に興味津々(しんしん)の時間が流れていった。

翌日、会場を埋め尽くした総勢100人のメンバーは、地元帯広の農産、畜産、酪農の生産業者達と飲料関係者。関心の高い方ばかりが揃う中、宴は始まった。ズワイ蟹の身のレモン漬け、グリュイエールチーズ包み揚げ、十勝牛のステーキを挟み込むタコス、地鶏にニンニクとメキシコ原産の唐辛子のオイルソース、青唐辛子風味を付けた仔牛の野菜煮込み、十勝特製のゴーダチーズをふんだんに使ったシーザーサラダ、じゃが芋を薄切りにしたフライドポテトの上には、浅い辛めのトマトソースを絡めた地豚の煮物、トッピングは地産の玉ねぎと生クリーム、十勝牛乳を使ったライスプディング。どの品も一皿ごとに感嘆の声が上がり、称賛の拍手と共に会は幕を閉じた。終宴後、ご挨拶と握手を求められた多数の列席者それぞれに、料理人として躍動感溢れる食材の提供への感謝の思いを述べている時だった。取材で入館していた十勝毎日新聞社の記者の方から原稿依頼があった。その記事とは『十勝の場所の意志に学ぶ』と題された4週連続の連載コラム。新しい発見と帯広の食材に対する感慨もあったので是非、書かせて下さいと快く受諾したが、そのコラム記事がその後の帯広に進展を与えてゆくとは、この時は思いもよらなかった。