メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第98章

メキシコ料理とワイン

代官山旧山手通りにオープンした頃、心に強く決めていた思いがあった。当時の世間が持っていた認識は「メキシコ料理と言えばタコス!」。この定説を覆すには、来店する客達の期待を裏切り、惑わせ、イメージを混乱させる必要がある。まず前菜からスープ、一品、デザートまで30種類の献立を構成し、タコスはビーフ、チキン、ポーク、チーズの4種に限定し、レストランとしての構えで開業した。B3の大きなポケット式ファイルに10ページ、全品写真を配置したメニューは彼らを驚かせ、興味を引き出し、軽食だけではないという理解が徐々に浸透していったのである。食器も本国のものを使いたかったが、土が軟らかくてすぐに欠けてしまうので、栃木の益子に出向き、窯元で黒い皿を焼いて貰った。その際に目にした品々が気に入り、殆どを和食器で提供してみた。料理と器のコントラストが意外にも受け、雑誌の取材が引きも切らなかったのを覚えている。料理の味には確信があったが、食べてみたいと思わせる誘惑が不可欠であった。ドリンクは瓶ビールが全盛の時代に、レモンを搾り、塩を振り、缶のまま飲むテカテビールを置いていた。この時代、ライムはまだ希少で、高価なので使えるものではなかったのでレモンにしたが、好評を博していた。フルコースで食事を楽しむ顧客達が増えてゆく中で、食卓に対するもう一つの思いが芽生えてきた。ビールだけではなく、ワインと共にである。

修業時代、本国のレストランでは、テーブルには常にワインが存在していた。日本ではフランス料理にワインは定番とされていたが、メキシコ料理には想像も付かなかった頃である。業者をあたっても残念ながらメキシコからの輸入物は無く、試しにポルトガルのポートワインを置いてみたら、幸い顧客の評判も良く、手応えを感じていた。しかし、ヨーロッパの物は高価なものが多く、良いワインを探すのに苦慮していた。恵まれたことにその後、カリフォルニアワインが人気となり、リーズナブルな価格で美味しいものを提供できる状況がやってきた。普通にワインを注文する光景が一般的となった頃、願ってもない出会いが待ち受けていた。2002年の秋だった。恵比寿のサッポロビールが主催するメキシコワイン試飲会の招待状が届く。ガーデンプレイスの会場には、都内のメキシコ飲食店のメンバーや酒卸業者達が150人程ひしめいていた。欧州のワインコンテストで最優秀賞を受賞したシャルドネ(白)とカベルネ(赤)は流石にバランス良く、一目(一口)で気に入り導入を申し出た。その時、担当者から耳打ちされた。「ワイナリーオーナーのディナーを予約したいのですが?」。光栄なことである。快く引き受けた。担当部長と共に来店したオーナー夫妻は食事が進む中で「全部美味しい!」と上機嫌で、自分も一安心した時であった。いきなり携帯を取りだし、「私だ、日本にすごい店があるぞ!」と本国へ連絡しているのである。部長も驚いていた。今では店のハウスワインとして定着している。