メキシコ料理の店 ラ・カシータ/Restaourante La Casita Cocina Mexicana

オーナーシェフのコラム

第50章

各地で奮闘する教え子たち

1976年の開店以来、教え子の数も200人を超える現状である。この国において私自身が表明したい“メキシコ料理の伝え方”に賛同してくれた若者たちは、ラ・カシータの創世記から志を持ち、強い探究心を掲げて幾人もが共にその時代を担ってくれた。調理師専門学校からや、料理人としての経験と捉えて就職してくる場合が勿論多いのだが、意外なことに料理界とは全く無縁の所からの出会いもあった。それは、代官山にオープンして間もない頃のTV出演『すばらしい味の世界』のスタジオ収録を無事に終えた1週間後、担当ADの彼がお礼と放送日の報告に来店したときのこと。役目を済ませた彼は「僕をこの店で働かせてください!」と唐突に話し出したのである。訳を聞くと、日本でまだ知られていない料理を確実に表現している実態を、奢ることなく英雄を気取らず、そしてシェフとあんなに楽しそうに調理しているスタッフたちを見ていたら感動しました。是非、僕もその仲間に加えてくださいと哀願してきた。嬉しかった。料理経験の有無など、どちらでも良かった。遠い未来へ向かって大きな大きな夢を膨らませていた時期、開拓精神溢れる人材は本当に心強かった。後に彼はメキシコへ旅立ち、半年の滞在で食文化を学習し、大阪、千里に店を構えることとなる。

その後、何人もが独立して全国に拠点を築いてゆく展開が生まれてくるのだが、大変厳しいことにTEX-MEXが主流の我が国では、時代や認識がそれを許さず、お客様に愛想を尽かされるケースが多々あり、止む無く閉店に追い込まれる羽目になっていった。そんな中でもう20年以上、群馬、高崎で営業を続けている男がいる。このご時世、経営もままならないと伝え聞き、これは現在のスタッフで励まさなければと計画を立て、行ってみることにした。突然の来店に彼はびっくり仰天だったが、後輩たちの顔を見て喜び、辣腕ぶりを発揮して十数人のオーダーを一人でこなしてくれた。本店の味とは多少異なっていたが、地域に密着した好みに仕立て上げて継続している状況は流石だなと思い、感謝の言葉を口にしていた。当時のメンバーの一人が近所にいたらしく、挨拶に現れた。料理の仕事は辞めたらしく、「何かあったら連絡ください」ともらった名刺には【葬儀屋】の文字が記されていた。和やかな笑いの絶えない数時間だった。地方で啓蒙する難しさを克服するには、並大抵ではないと実感しているが、勇気と決意を持って挑戦し続ける教え子たちが何人もいることで、新たなる未来への展望を感じているこの頃である。